2019
9
Dec

〜カンボジア〜

〜たった40年前の大虐殺の歴史〜

こんにちは〜

 

タイより暑くないなぁ〜と感じる

カンボジアのプノンペンにいます。

 

 

前回、タイからカンボジアに無事到着。

 

 

 

 

次の日、トゥクトゥクである場所へ

 

トゥクトゥクに乗り3〜40分ほどで到着。

 

 

 

 

 

キリングフィールド

(大量虐殺センター)

 

 

 

音声ガイドとチケットを購入し中へ

 

 

 

この場所では、2万人のカンボジア人が殺されました。

一番ひどい時は、1日300人殺されたとのこと。

 

 

カンボジア全土にはこのような場所が300カ所あり

累計で300万人が虐殺されました。

 

 

 

この原因を生み出したポルポト政権の考えは

「土の上で働く労働者が上に立つ」

農民こそが英雄としていました。

 

 

 

 

しかし現実は違いました。

 

 

 

この政権により首都から3日で市内の人を強制退去

 

家族はバラバラ、集団農場という名の強制労働を強いられました。

 

 

殺された人は

 

 

外国語が話せる人、メガネをかけた人、都市部に住む人、専門職、教育を受けた人

 

それだけの理由で殺されました。

 

 

 

ポルポトは農村部のまだ幼い子供達を兵士にし、自分たちの思想に染めていきました。

 

 

目隠し、両手を縛り連行されました。

 

 

殺される方法はくわ、斧、ナイフなどです。

銃弾は高価なので使わないのです。

 

 

 

近くにあるこのヤシの木

この木の鋭利な部分で人の喉を掻っ切ったらしいです。

 

 

 

 

ほとんどの施設は更地になり、残っていませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

このスペースから450人の遺体が見つかったそうです。

 

 

別の場所からは、首のない遺体が166体見つかったそうです。

兵士だった人、不平を言った人が見せしめに首を切られました。

 

 

 

 

この場所からは、女性の遺体が見つかりました。

 

カンボジアの女性は慎み深く、お風呂の際も服を着たままとのこと。

その女性の服を脱がせ、性的暴行をし最後には殺すという・・・

 

 

すぐ近くには、大きな一本の木があります。

「キリングツリー(殺しの木)」

この場所では、兵士が乳児を殺しました。

 

乳児の両足をおさえ、木に頭を打ち付けるという非道なものでした。

 

当時、木には髪の毛、脳みそ、血の跡がついていたそうです。

 

 

 

 

殺された人たちの骨、歯

 

今も雨降った後の地面を見ると

当時の衣服の切れ端や骨などが見つかることもあるらしいです。

 

 

 

 

「マジックツリー」

この木にはスピーカーがぶら下げられ、大音量の音楽が流れていたらしいです。

 

 

夜に殺される人の叫び声をかき消すために。

 

 

 

 

慰霊塔の中へ行くと

殺された人たちの頭蓋骨が、17段にも重なっています。

 

 

 

言葉を失いつつ、次の場所へ

 

 

 

次の場所は

「トゥールスレン虐殺博物館」

 

 

この場所は虐待や拷問が行われた場所です。

 

この場所はもともと高校で、都市部の人たちを強制退去させた後に収容所として使い始めました。

 

 

 

当時この場所には、拷問され殺された人がそのまま放置されていました。

 

各教室には拷問に使われたベットが・・・

 

 

 

一部の教室には当時の写真が展示されていましたが

 

 

 

顔が写っているものは、顔の部分は隠され

 

体はガリガリ

ベットに両手両足が拘束され

床には大量の血

 

 

 

本当に残忍なものでした。

どんな思考をしていたらこんなことが出来るんだ・・・

 

 

一部の床には、当時の拘束の名残が・・・

 

 

 

 

 

一部の棟では、鉄網が張られていました。

この棟の最上階から自殺した人がいたからです。

 

いっそのこと死にたいと思っていた人も少なくないはず。

もし自分がここにいたら

 

 

 

 

死を選ぶと思う

 

 

これが独房

本当に狭く、光も入らない場所

 

また排泄物などを床にこぼしてしまうと、なくなるまで床を舐めさせられたとのこと。

 

 

当時の様子を再現した絵もあり

どれだけ残虐なことをしていたかがわかります。

 

 

どれもこれも人をゴミのように扱う、残忍なものばかりでした。

 

 

 

 

 

 

これがたった40年前の出来事・・・

 

同じ人間がしたことです。

信じられないようなことですが、全てがこのカンボジアで起きた事実

 

 

 

アウシュビッツでも感じましたが、この負の遺産を伝えていかなきゃいけない。

残しているのは、これからの世代に伝えていくため。

 

 

 

 

この場所があったからこそ、自分はカンボジアの悲しい過去をこの目で見て知ることができた。

どうかこのブログを通じて、カンボジアのことを少しでも知ってくれる人がいたら幸いです。

 

 

 

 

過去を知り、これから

「今」のカンボジアを知っていきたいと思います。

 

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